2023年12月10日



「イエス様をお迎えする準備をしましょう」


旧約聖書:イザヤ書9:6〜7




まず、イザヤ書の背景をご説明します。

イザヤ書を書いたイザヤは、南ユダ王国の預言者です。1章1節にアモツの子イザヤと書かれています。アモツというのは、南ユダ王国の王さまだったアマツヤの弟ではないかと言われていますので、イザヤは王家に連なる血筋の預言者だったようです。イザヤが預言した時代としては、ヨナ、アモス、ホセアと同時代の預言者で、北イスラエル王国がアッシリヤに滅亡させられるところを見ていると思われます。南ユダ王国もアッシリヤからは圧力をかけられ滅亡の危機にありましたが、アッシリヤによる滅亡は免れました。しかし、南ユダ王国でも、神さまを信じる王さまが現れても、悪い王さまばかりの北イスラエル王国と同様に民衆の偶像礼拝までは排除することができず、イザヤも、バビロンによる南ユダ王国の滅亡を預言せざるを得ないような、そのような時代でした。



T.滅びに向かうユダヤ人たちの絶望と希望


北イスラエル王国は、先に、アッシリヤによって滅ぼされました。アッシリヤによる滅亡は免れた南ユダ王国も、その後安泰だったわけではなく、アッシリヤとエジプトの争いに巻き込まれてエジプトの属国の様な状態になり、最終的にエジプトがバビロンに負けると、バビロンにエルサレムを占拠されてバビロン捕囚が始まります。預言者たちも、北でも南でも、悔い改めて神さまに立ち返らなければ国が滅びると再三預言し、ユダヤ人たちに悔い改めを促しましたが、結局、ユダヤ人たちは悔い改めることがなく、北も南も大国に滅ぼされることになりました。

もし、北と南に分かれたイスラエルが、大国に滅ぼされて民族的な終わりを迎えるなら、全く希望が無いし、神さまがアブラハムとされた約束が成就しません。神さまは、アブラハムを選ばれたときにまず、次のように約束されました。

創世記12章1節から3節までをお読みください。

神さまは、「わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。」と言われています。そして、17章では99歳になったアブラハムに、はっきりと「契約」という言葉を使って、次のように言われています。

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創世記17章4節から8節までお読みください。

そして、神さまは7節で、「わたしの契約を、わたしとあなたとの間に、そしてあなたの後のあなたの子孫との間に、代々にわたる永遠の契約として立てる。」と言われています。続けて、「カナンの全土を、あなたとあなたの後のあなたの子孫に永遠の所有として与える。」とも言われています。神さまとアブラハムの契約は永遠に続くと言われています。これは、北と南に分かれたイスラエルが大国に滅ぼされても破棄されていません。さらに、神さまは、アブラハムの孫であるヤコブとも約束しています。

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創世記28章13節から15節までお読みください。

神さまは、ヤコブにもアブラハムと同じような約束をしています。そして、「わたしは、あなたに約束したことを成し遂げるまで、決してあなたを捨てない。」と言われた約束も、北と南に分かれたイスラエルが大国に滅ぼされても破棄されていません。だから、ユダヤ人たちが偶像礼拝をしたりして、どんなに悪くても神さまとの約束は成就します。それが、今日の聖書箇所に繋がります。イザヤは、南ユダ王国に対して、悔い改めなければ裁きがある、国が滅びるということを預言していますが、滅びの預言の間にメシヤ預言を挟んで、信仰があり、残されている人々には、希望があることも預言しています。もう一度今日の聖書箇所をお読みください(イザヤ書 9章6節7節)。そもそもこの預言は、もうすぐ北イスラエル王国が滅ぼされることや自分たちの国もアッシリヤに攻撃されることに怯えていた、南ユダ王国の人々とアハズ王を励ますために語られたものですが、それと同時にそれ以降のあらゆる時代の人々にも向けられて語られています。このイザヤの預言は、当時の人々に対して希望の光であったと同時に、私たちにとっても希望の光です。



U.名前の意味


さて、もう一度イザヤ書を読んでいただきましたので、ここで、書かれていることを少し見ておきたいと思います。

a.ひとりのみどりご

6節で、「ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。」とあります。みどりごとは赤ちゃんのことです。また、その赤ちゃんが男の子であるとも書かれています。そして、「主権はその肩にあり」と書いてあり、さらに7節には「その主権は増し加わり」「ダビデの王座に着いて」「その王国を治め」と書かれていますので、ここで生まれると言われている男の子は、いずれ、ダビデの王座に着いてユダヤ人たちの王国を治めるようになる、つまり、王さまになる、と言うことが分かると思います。

イザヤが預言した当時は、今まさに、北イスラエル王国がアッシリヤに滅ぼされようとしていて、南ユダ王国も周辺の大国からの圧力におびえる毎日でした。ですから、この預言を聞いた当時のユダヤ人たちは、強い南ユダ王国を作ってくれる王さまが与えられると期待したでしょうし、南ユダ王国もバビロンに滅ぼされて、イスラエルが国として成り立たなくなってからは、イスラエル人の王国を再興してくれる力強い新しい王さまとしてのメシヤを期待したことと思います。

旧約聖書の時代には、イエス様の受肉の本当の意味はまだ隠されていましたので、当時のユダヤ人が地上でイスラエル王国を再興してくれる新しい王さまが与えられると思ったのは仕方の無いことですし、それが、当時周辺の大国の圧力におびえる、信仰のある人々に希望を与えたことは確かです。しかし、新約聖書でイエス様の誕生の記事を読むと、その誕生の仕方が、人々が考えていたものとは全く違うものであったことを私たちは知っています。

b.不思議な助言者

さて、次に、私たちを治める王さまとして生まれる赤ちゃんに与えられた4つの名前を見ていきたいと思います。一つ目は「不思議な助言者」です。この名前は、私たちに助言をしてくださる

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お方と見ても良いのですが、当時の君主制では王さまのそばに「助言者」や「議官」がいて、王さまの政治を助けるのが普通でした。それが、赤ちゃんである男の子は、王さまであると共に「助言者」でもあると言うのです。これは言い換えると、助言者を必要としない完璧な王さまとして、イエス様が来てくださるとも言えます。

c.力ある神

次に、私たちに与えられる赤ちゃんである男の子は「力ある神」だと言われています。もう、ここで、はっきりと、私たちを治める王さまになる男の子は神さまです!と宣言されています。このイザヤの預言は、少し前のイザヤ書7章14節で、「見よ。処女がみごもっている。そして男の子を産み、」とも預言されています。「力ある神」と言われている、私たちを治める王さまになる男の子は、普通の人間と同じようにお母さんのお腹の中から産まれてきますよ、と言われています。普通の人間のようにお母さんのお腹の中から産まれてくると言うことは、この男の子は完全に人間として産まれてくるということです。

?しかし、その名前は「力ある神」なんです。それは、他の宗教の神さまと言われている人たちのように、最初は人間だったけど、修行をしてだんだんと悟りを開いて仏様や神さまになったのではなく、産まれる前から、最初から、完全に神さまとして産まれてきてくださったということです。イエス様は100%人間として産まれ、同時に100%神さまであるということが、イザヤの時代にすでに預言されていました。イエス様が産まれる何百年も前に、このようにイエス様は完全な人間であると共に完全な神さまであると預言できたというのは本当に神さまの啓示としか言いようがありません。

d.「永遠の父」

次に、このみどりごは「永遠の父」と言われています。神さまのお考えは本当に私たちの想像を遥かに超えています。この短い言葉の中に、三位一体の真理まで込められています。イエス様は、ヨハネの福音書10章30節で「わたしと父とは一つです。」とおっしゃられています。また、ヨハネの福音書14章8節9節でのピリポとの問答で、ピリポに「私たちに父を見せてください。」と言われたとき、「わたしを見た者は、父を見たのです。」とお答えになっていらっしゃいます。それに続く10節11節をお読みください。

ヨハネの福音書14章10節11節ここではまだ聖霊様については語られていませんし、さらにイザヤの時代にはまだ父子聖霊の三位一体の真理は明らかにされていませんでした。しかし、三位一体の真理が明らかにされた後の私たちのために、イザヤは啓示によってこの預言を残しておいてくれました。

e.平和の君

次に、「平和の君」という名前です。この「平和」は、皆さんよくご存じの「シャローム」です。「シャローム」は、健康であり、平安であり、健全であり、安全であり、欠けることの無い十全性です。神さまとの間にシャロームがあれば、人との間にシャロームが成立し、個人の生活にもシャロームが満たされます。みどりごの最後の呼び名としてとてもふさわしい名前だと思います。?新約聖書でも次のように言われています。エペソ人への手紙 2章14節から16節をお読みください。

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f.名前のまとめ

イザヤ書のこのメシヤ預言は、短い2節の中に新約聖書の真理がぎゅっと詰めて閉じ込められています。当時のユダヤ人にはその真理のすべてが明かされていたわけではありませんでしたが、メシヤを迎える準備をするようにこの預言が与えられました。



V.まとめ イエス様をお迎えする準備をしましょう


神さまは、ユダヤ人が救い主としてのメシヤを受け入れられるように、預言者たちを通して、メシヤが来るよ、信じていれば救われるよ、という預言をしてきました。イザヤの時代、人々は偶像礼拝に傾き、神さまのことを忘れそうになっていました。だから、イザヤは罪を悔い改めて神さまに立ち返るように預言すると共に、信じている人たちには、救いがある、だから、メシヤが来たときのために準備をするように預言をしました。

さて、今、アドベントの時期になり、私たちはクリスマスにイエス様を心の中にお迎えする準備ができているでしょうか?もう、すでに心の中にお迎えしているから準備の必要は無いですか?それならすばらしいことです!でも、イエス様のことは何度でも心の中にお迎えしていいのです!この、アドベントの時、心新たにして、もう一度イエス様を心の中にお迎えする準備をするのも良いと思いませんか?もし、まだ、イエス様を心の中にお迎えしたことの無い方がいらっしゃったら、今、イエス様を心の中にお迎えする決心をして頂ければと思います。聖書を読んで、祈って、イエス様を心の中にお迎えする準備をして、クリスマスには心を開いてイエス様を心の中にお迎えしましょう!

最後に、ヨハネの黙示録3章20節をお読みいただければと思います。



説教:菊池 由美子 姉



<イザヤ書 9章6〜7節>

6 ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。

7 その主権は増し加わり、その平和は限りなく、ダビデの王座に着いて、その王国を治め、さばきと正義によってこれを堅く立て、これをささえる。今より、とこしえまで。万軍の主の熱心がこれを成し遂げる。