2026年8月16日



「キリストのみもとに集まった人々」(要約)

聖書箇所:マルコの福音書3章1〜19節



1、イエス様へのたくらみ

パリサイ人たちは、イエス様の教えが広まっていくことが面白くありませんでした。それでイエス様を社会から排除しよう、抹殺しようと躍起になります。ある安息日、イエス様が会堂に入られると、人々がイエス様の前に片手の萎えた人を連れてきました。障害のある人を利用して、イエス様が安息日にその人を癒すかどうかを試すため、イエス様を訴えるためでした。訴えるためというのは、治安維持を口実に、当時ガリラヤを統治していたヘロデ・アンティパスの側近を動かし、イエス様を逮捕してもらうためです。


しかしイエス様は、どんな人にも憐れみをかけて下さるお方です。イエス様は、周囲にいた人々に、安息日に律法を行うことは、善を行うことか、それとも悪を行うことなのか、命を救うことなのか、それとも殺すことなのかと尋ねます。そして彼らが黙っているのを見て、彼らを怒り、彼らを嘆き悲しまれます。そして片手の萎えた人に真ん中に立つように言い、その人に手を伸ばすように言われてからその手を癒されました。

皆さんも、誰かから馬鹿にされたり、利用されるような経験があるかもしれません。その時イエス様は、同じように、あなたを見下したりあなたを利用する人に怒り、嘆き悲しまれたのです。神様の怒りの怖しさをあなたは知っています。その人のために祈るのは良いことです。

このパリサイ人の心の頑なさは、一体どこから来たのでしょうか。1つには、彼らが自分たちは神様の民であるという選民思想です。律法を知る自分たちに、神様はよくして下さるはずという思い込みです。そこに愛はありません。しかしキリストは愛の方です。私たちに、パリサイ人のようなところはないでしょうか。私たちがキリストを信じることができたのは、ただ神様の憐れみと恵みです。


2、イエス様のもとに集まる人々

イエス様の救いを求めて、ユダヤ全土とその周辺諸国から多くの人たちが集まってきました。病気を治してもらうため、悪霊に取り憑かれた人から悪霊を追い出してもらうためです。病気も悪霊も、自分たちの力ではどうすることができません。しかしここにどうにかしてくれる人がいる、解放してくれる人がいる。そのイエス様のうわさを聞いて人々が集まって来たのでした。

病気は、神からの罰ではありません。悪魔の束縛です。(ルカ13: 16)しかし神様は、人が神に近づくため、そして罪を悔い改めるために病気を用いられます。20節に「食事をする暇もなかった」とあります。イエス様は、ご自分のもとに来た人を優しく迎え入れ、神様の権威で癒されたのでした。

イエス様はまた悪霊を追い出しました。悪霊に憑かれた人は、悪霊に支配されて、自分の罪から逃げられない人です。例えば、お金欲しさに詐欺グループに入って抜け出られない若者がいます。アルコール依存症やギャンブル依存症、買い物依存症の方がいます。家族が迷惑し、自分でそれを辞めたいと思っていてもやめられない。しかしイエス様は、そこから人を解放してくださいます。イエス様はすべての人の救い主だからです。このようにしてイエス様に癒された人や、その家族、友人の中から、イエス様に従いたいという人、弟子が起こされていきます。


3、12使徒の任命

イエス様は、その弟子たちの中から12人を選んで使徒に任命されます。ご自分のそばに置き、彼らを遣わして宣教をさせ、悪霊を追い出す権威を待たせるためです。ところでイエス様は何を基準に使徒を選ばれたのでしょう。学問や学歴でしょうか。性格や特技でしょうか。13節に「ご自分が望む者たち」とあります。イエス様が望んだ、それだけです。私たちがクリスチャンになったのも、ただイエス様が望まれたからです。

またイエス様は、シモンにペテロというあだ名をつけ、ゼベダイの子たちにボアネルゲと言うあだ名をつけられます。あだ名をつけたのは、イエス様と弟子たちの間に親しい関係があるからです。イエス様は弟子の一人ひとりと人格的な交わりを持っておられました。イエス様は、今、私たちと人格的な交わりを持って下さいます。


4、キリストの教会

集まった人たちが、イエス様からみことばを聞いていた時、イエス様の母親と兄弟たちがやってきて、自分たちが会いに来たことを伝えて欲しいと頼みます。それを聞いたイエス様は、「誰でも、神の御心を行う人、その人がわたしの兄弟、姉妹、母なのです。」と言われました。キリストの兄弟姉妹とは、私たちが基準ではありません。キリストが、こんな私でも兄弟と呼んで下さるのです。その信仰者の群れがキリストの教会です。

イエス様は、あなたのために死んでくださり、あなたを罪と死と悪魔の支配から救い出して下さいました。そしてあなたの心をみことばで照らし、あなたを罪から聖め、まことの信仰によってキリストに結び合わせてくださいました。今も同じです。イエス様は単なる知識や思想ではありません。人格を持ったお方です。このお方と交わりましょう。このイエス様に頼って行きましょう。キリストの周りに集まりましょう。イエス様から恵みをいただきましょう。神様を讃え、兄弟姉妹を愛し、キリストの教会を建て上げていきましょう。イエス様を信じるあなたは神の子です。



説教者:加藤 正伸 長老



<マルコの福音書 3章1〜19節>

1イエスはまた会堂に入られた。そこに片手のなえた人がいた。

2彼らは、イエスが安息日にその人を直すかどうか、じっと見ていた。イエスを訴えるためであった。

3イエスは手のなえたその人に「立って真ん中に出なさい」と言われた。

4それから彼らに、「安息日にしてよいのは、善を行うことなのか、それとも悪を行うことなのか。いのちを救うことなのか、それとも殺すことなのか」と言われた。彼らは黙っていた。

5イエスは怒って彼らを見回し、その心のかたくななのを嘆きながら、その人に、「手を伸ばしなさい」と言われた。彼は手を伸ばした。するとその手が元どおりになった。

6そこでパリサイ人たちは出て行って、すぐにヘロデ党の者たちといっしょになって、イエスをどのようにして葬り去ろうかと相談を始めた。

7それから、イエスは弟子たちとともに湖のほうに退かれた。すると、ガリラヤから出て来た大ぜいの人々がついて行った。また、ユダヤから、

8エルサレムから、イドマヤから、ヨルダンの川向こうやツロ、シドンあたりから、大ぜいの人々が、イエスの行っておられることを聞いて、みもとにやって来た。

9イエスは、大ぜいの人なので、押し寄せて来ないよう、ご自分のために小舟を用意しておくように弟子たちに言いつけられた。

10それは、多くの人をいやされたので、病気に悩む人たちがみな、イエスにさわろうとして、みもとに押しかけて来たからである。

11また、汚れた霊どもが、イエスを見ると、みもとにひれ伏し、「あなたこそ神の子です」と叫ぶのであった。

12イエスは、ご自身のことを知らせないようにと、きびしく彼らを戒められた。

13さて、イエスは山に登り、ご自身のお望みになる者たちを呼び寄せられたので、彼らはみもとに来た。

14そこでイエスは十二弟子を任命された。それは、彼らを身近に置き、また彼らを遣わして福音を宣べさせ、

15悪霊を追い出す権威を持たせるためであった。

16こうして、イエスは十二弟子を任命された。そして、シモンにはペテロという名をつけ、

17ゼベダイの子ヤコブとヤコブの兄弟ヨハネ、このふたりにはボアネルゲ、すなわち、雷の子という名をつけられた。

18次に、アンデレ、ピリポ、バルトロマイ、マタイ、トマス、アルパヨの子ヤコブ、タダイ、熱心党員シモン、

19イスカリオテ・ユダ。このユダが、イエスを裏切ったのである。