2026年8月9日
「新しいぶどう酒は新しい皮袋に」(要約)
聖書箇所:マルコの福音書2章13〜28節
信仰を持つと何が変わるのでしょうか?
1、招き
ある日イエス様は、湖のほとりで人々にみことばを教えられた帰り道、収税所に座っている取税人レビをご覧になりました。取税人とは、当時イスラエルを占領していたローマ帝国の下で、ローマと地方政府のためにイスラエル人から税金を集めていた人たちです。イエス様は、彼のうちに、罪に悲しむ心と信仰を見て自分についてくるように言われました。イエス様から声をかけられ喜んだレビは、イエス様について行きます。
2、宴会
レビは、イエス様を招いて家で宴会を開きます。そこには仲間だけでなく、罪人と言われる人たちもいました。パリサイ派の律法学者たちがそれを見て、イエス様の弟子たちに尋ねました。「なぜあなた方の先生は取税人や罪人と一緒に食事をするのですか?」パリサイ人たちは自分たちを、律法を知らない人たちとは違い、聖なる神の共同体の代表と考えていたのでした。彼らが考える救い主も、罪汚れのない力ある方でなければならず、社会から阻害された人たちと一緒に食事をするのはありえないことだったのです。
この時イエス様はパリサイ人に「医者を必要とするのは丈夫なものではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」と言われました。医者は病人のところに行きます。そのようにイエス様は罪に悲しむ人たち(心の貧しい人たち)を救うため、罪を赦すために天から来てくださったのです。
3、結婚式
次にパリサイ人たちは、ヨハネの弟子たちと一緒に、イエス様の弟子たちはなぜ断食しないかと尋ねました。この時イエス様は彼らに「花婿の友は、花婿に付き添っている間は断食できない」と答えます。ユダヤの結婚式では、花婿に友人が付き添います。
花婿とは誰でしょう?イエス様です。友人は弟子たち。では花嫁は誰でしょう?「聖なる都エルサレム」(黙示録21章9、10節)、教会、信徒の群れです。イエス様の福音が宣べ伝えられている今という時は、「恵の時、救いの日」(コリント人への手紙第二6章2節)なのです。そして、結婚式のときのように救いの喜びと感謝に溢れているのが教会です。
次いでイエス様は、着物の継ぎ切れの話しをします。古い着物に新しい布切れで継ぎをすると着物が裂けてしまう。まだ水に晒してない新しい布は水に晒すと縮んでしまうからです。皆さんもTシャツやニットを洗濯した後、サイズが小さくなったように感じることがあると思います。
次にぶどう酒を入れる皮袋の話です。私たちは瓶の中に入ったぶどう酒しか見たことがないのでぴんと来ませんが、当時は水やぶどう酒などの飲み物は、皮袋に入れて持ち運んでいました。ぶどう酒は、ぶどう汁に含まれる糖分をアルコール発酵させて作ります。ぶどうの汁の中にある酵母がブドウ糖を食べるとアルコールと一緒に炭酸ガスを出します。古い皮袋は、柔軟性がなく硬くなっているので、炭酸ガスで膨れ上がり破けてしまうのです。
パリサイ人たちは、モーセの律法を守ることこそ救いの道だ、神様に喜ばれる方法だと考えていましたが、その彼らに、その時代が終わってキリストの時代が来たことを伝えたのです。それが新しい皮袋です。
4、安息日
次に安息日の話です。イエス様たちが安息日に麦畑の中を通っていた時のこと、弟子たちがみちみち麦の穂を摘み始めました。それを見たパリサイ人たちが、「なぜ彼らは安息日なのに、してはならないことをするのですか?」と尋ねました。この時パリサイ人たちは2つの点で誤っていました。
パリサイ人たちは「7日目は主の安息である。いかなる仕事もしてはならない。」(申命記5章14節)という聖書のことばを、仕事をしないことと解釈しましたが、聖書には、安息日に麦の穂を摘んでも良いことが書かれています。(申命記23章25節)
2つ目に、安息日の趣旨を無視したことです。モーセの十戒の第三戒「安息日を覚えて、これを聖とせよ。」の趣旨は、神様が、肉体と魂の両方の休息を必要とする人間のために安息日を設けられたということです。彼らは安息日を聖とせず、自分のわざに聖さを求めたのでした。
食事も、断食も、安息日も、イエス様のなさること一つ一つがパリサイ人たちにとってイライラすることだったでしょう。論語読みの論語知らずと言う言葉があります。パリサイ人たちは聖書読みの聖書知らずになっていたのです。
5、新しい時代
キリスト信仰を持つと何が変わるのでしょう?キリスト信仰を持つと、花婿イエス様と一緒になります。キリスト信仰を持つと、神様から新しい衣を着せてもらいます。キリスト信仰を持つと、新しい皮袋、新しい生き方に変わります。キリスト信仰を持つと、安息日に感謝や喜びが生まれます。
皆さんの中に、古い衣を着たまま、継ぎを当てながら頑張っておられる方はいませんか。古い皮袋、古い生き方で頑張っておられる方はいませんか。肉体と魂の両方の休息を得られないで苦しんでいる方はいませんか。キリストは罪深い私たちを救ってくださり、罪と死と悪魔の束縛から解放して下さるのであす。キリストにすがりましょう。イエス様は信仰で近づくあなたに必ず答えてくださいます。
説教者:加藤 正伸 長老
<マルコの福音書 2章13〜28節>
13 イエスはまた湖のほとりに出て行かれた。すると群衆がみな、みもとにやって来たので、彼らに教えられた。
14 イエスは、道を通りながら、アルパヨの子レビが収税所にすわっているのをご覧になって、「わたしについて来なさい」と言われた。すると彼は立ち上がって従った。
15 それから、イエスは、彼の家で食卓に着かれた。取税人や罪人たちも大ぜい、イエスや弟子たちといっしょに食卓に着いていた。こういう人たちが大ぜいいて、イエスに従っていたのである。
16 パリサイ派の律法学者たちは、イエスが罪人や取税人たちといっしょに食事をしておられるのを見て、イエスの弟子たちにこう言った。「なぜ、あの人は取税人や罪人たちといっしょに食事をするのですか。」
17 イエスはこれを聞いて、彼らにこう言われた。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」
18 ヨハネの弟子たちとパリサイ人たちは断食をしていた。そして、イエスのもとに来て言った。「ヨハネの弟子たちやパリサイ人の弟子たちは断食するのに、あなたの弟子たちはなぜ断食しないのですか。」
19 イエスは彼らに言われた。「花婿が自分たちといっしょにいる間、花婿につき添う友だちが断食できるでしょうか。花婿といっしょにいる時は、断食できないのです。
20 しかし、花婿が彼らから取り去られる時が来ます。その日には断食します。
21 だれも、真新しい布切れで古い着物の継ぎをするようなことはしません。そんなことをすれば、新しい継ぎ切れは古い着物を引き裂き、破れはもっとひどくなります。
22 また、だれも新しいぶどう酒を古い皮袋に入れるようなことはしません。そんなことをすれば、ぶどう酒は皮袋を張り裂き、ぶどう酒も皮袋もだめになってしまいます。新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れるのです。」
23 ある安息日のこと、イエスは麦畑の中を通って行かれた。すると、弟子たちが道々穂を摘み始めた。
24 すると、パリサイ人たちがイエスに言った。「ご覧なさい。なぜ彼らは、安息日なのに、してはならないことをするのですか。」
25 イエスは彼らに言われた。「ダビデとその連れの者たちが、食物がなくてひもじかったとき、ダビデが何をしたか、読まなかったのですか。
26 アビヤタルが大祭司のころ、ダビデは神の家に入って、祭司以外の者が食べてはならない供えのパンを、自分も食べ、またともにいた者たちにも与えたではありませんか。」
27 また言われた。「安息日は人間のために設けられたのです。人間が安息日のために造られたのではありません。
28 人の子は安息日にも主です。」