2026年3月22日
「御名があがめられますように」(要約)
聖書箇所: 使徒の働き16章19〜34節
1、「御名があがめられますように」
「主よ 私たちの主よ あなたの御名は全地にわたり なんと力に満ちていることでしょう。あなたのご威光は天で讃えられています。」(詩篇8編1節)神様は、すべての人が神様をあがめることを望んでおられます。しかし現実は違います。まことの神様を知らない人がたくさんいる。どうしたらこの世界で神様の御名があがめられるようになるのでしょうか。
聖書には、神様をあがめた箇所がたくさんあります。その一つは、パウロたちが第二回伝道旅行の途中数日間ピリピに滞在したときのことです。占いの霊につかれた若い女奴隷がパウロたちを見て、この人たちは神のしもべで救いの道を宣べ伝えていると叫び続けました。困り果てたパウロがその女性から悪霊を追い出すと、その女性の主人から訴えられ、捕らえられて牢に入れられてしまいます。しかし、その牢屋の中でパウロとシラスは神様を賛美したのでした。苦難の中なぜ2人は賛美していたのでしょうか。神様が自分たちと共におられることを信じていたからです。
2、唯一の絶対なる神
日本人の場合、神様はどんな方ですかと聞くと、少し戸惑いながら無神論と答える人が多いのではないでしょうか。でも実際は神の存在を否定する人は少ないように思います。なぜなら日本人の場合、自然や祖先などあらゆるものが神になっているからです。八百よろずの神々と言いますが、日本人は人間を超える存在を神と考え、人知の及ばない自然現象に神を感じてきました。太陽や月、雨や風、海や大きな木、岩、動物、人間。これらの神を祀る日本古来の信仰を神道といいます。
しかしまことの神、キリスト教の神は、三位一体の神、父なる神、子なる神、聖霊なる神。3つのご人格のある1人の神様です。3つの位格は本質において1つですから、私たちが「天にいます私たちの父よ」と祈るときには、父なる神様だけでなく、御子キリスト、聖霊様にも祈っているのです。
神様には、全知、全能、永遠、遍在、愛、公正、真実、聖い、善、慈悲、知恵という本質を示す属性があります。しかし見ることはできません。「今だかつて神を見たものはいない」(ヨハネの福音書1章18節)「あなたはわたしの顔を見ることはできない。人はわたしを見てなお生きていることはできない。」(出エジプト記33章20節) 私たちは、この三位一体の神様を畏れ、愛しています。
3、どうしたらそうなるのか
どうしたら周りの人たちがこの神の御名をあがめるようになるのでしょうか。ルターはこう書きます。第一は、教職者、説教者が神の御言葉を正しくまた純粋に教えることです。第二は、私たち神の子どもが、みことばに従って聖い生活を送ることです。「あの人、教会に行って変えられたね。神様はやっぱりいるんだな。神様は凄い方だ。」これは自分で頑張って立派なクリスチャンになっていくことではなく、聖霊の働きによって変えられていくことです。クリスチャン生活は常に聖霊様の助けをいただく生活です。
反対に、神の子供たちが、御言葉に従わない生活を送る時には、神様の名は汚されます。そのような人を見て、誰もまことの神様を信じようとは思わないでしょう。
また教会で福音が純粋に教えられず、行いによる救いが説かれる時に神様の御名が汚されます。それは神ではなく人があがめられるからです。ルターはカトリックの修道院を厳しく批判しました。頑張って立派なクリスチャンになるための修行の場所だったからです。
私たちの教会では、本当に神様の御名が聖とされているでしょうか。教会で福音が純粋に教えられているのか、信徒が神様の教えを大切にしてるか。外から来た人の方がよく分かることがあります。説教者が、みことばを純粋に教えることができるようにお祈り下さい。また信徒全員が聖霊様の助けを頂いて、みことばに従い、聖い生活をおくるよう励ましあっていきましょう。
4、聖なるものとされた民
「このみこころにしたがって、イエス・キリストのからだが、ただ一度だけ献げられたことにより、私たちは聖なるものとされています。」(ヘブル人への手紙 10章10節)私たちが神様に「アバ、父」と呼びかけることのできるのも、「御名があがめられますように」という祈りも、キリストの贖いによって罪赦された者、聖なるものの祈りです。私たちは聖なるものです。なぜなら、イエス・キリストが、私たちを罪から救うために十字架の上で苦しみ死んでくださったからです。感謝です。最高の人格者である神、三位一体の神に心から喜んで仕えていきましょう。こんな者をも神様の恵みをいただいていることに感謝し、証ししていきましょう。
説教者:加藤 正伸 長老
<使徒の働き 16章19〜34節>
19 彼女の主人たちは、もうける望みがなくなったのを見て、パウロとシラスを捕らえ、役人たちに訴えるため広場へ引き立てて行った。
20 そして、ふたりを長官たちの前に引き出してこう言った。「この者たちはユダヤ人でありまして、私たちの町をかき乱し、
21 ローマ人である私たちが、採用も実行もしてはならない風習を宣伝しております。」
22 群衆もふたりに反対して立ったので、長官たちは、ふたりの着物をはいでむちで打つように命じ、
23 何度もむちで打たせてから、ふたりを牢に入れて、看守には厳重に番をするように命じた。
24 この命令を受けた看守は、ふたりを奥の牢に入れ、足に足かせを掛けた。
25 真夜中ごろ、パウロとシラスが神に祈りつつ賛美の歌を歌っていると、ほかの囚人たちも聞き入っていた。
26 ところが突然、大地震が起こって、獄舎の土台が揺れ動き、たちまちとびらが全部あいて、みなの鎖が解けてしまった。
27 目をさました看守は、見ると、牢のとびらがあいているので、囚人たちが逃げてしまったものと思い、剣を抜いて自殺しようとした。
28 そこでパウロは大声で、「自害してはいけない。私たちはみなここにいる」と叫んだ。
29 看守はあかりを取り、駆け込んで来て、パウロとシラスとの前に震えながらひれ伏した。
30 そして、ふたりを外に連れ出して「先生がた。救われるためには、何をしなければなりませんか」と言った。
31 ふたりは、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます」と言った。
32 そして、彼とその家の者全部に主のことばを語った。
33 看守は、その夜、時を移さず、ふたりを引き取り、その打ち傷を洗った。そして、そのあとですぐ、彼とその家の者全部がバプテスマを受けた。
34 それから、ふたりをその家に案内して、食事のもてなしをし、全家族そろって神を信じたことを心から喜んだ。