2024年6月2日
「神を讃えたサマリア人」(要約)
新約聖書:ルカの福音書17章11〜19節
はじめに
十戒と福音の関係は、銭谷幸器先生によれば、病気になったとき病院に行くように言われ、病院で医者に治してもらうようなものだそうです。病院に行きなさいというのが十戒、治してくれるのが福音。イエス様を示すのが十戒、救いをいただくのが福音という関係です。また十戒は、救われたクリスチャンに生きる道を示して下さいます。
1、第二戒の意味
第二戒は「あなたは、あなたの神、主の御名をみだりに唱えてはならない。主は御名をみだりに唱える者を罰せずにはおかない。」ルターは2つの意味があると言います。1つは、神の御名を使って呪ったり、誓ったり、占いをしたり、嘘をついたりしないこと。もう一つは、神を呼び求め、祈り、賛美し、また感謝するということ。ここでは聖書の2つの箇所から考えてみます。
2、主の御名による自己保身 (サムエル記第一15章1節〜3節と7節〜11節)
神の御名を使って誓い嘘をついた例に、イスラエルで最初に王様になったサウル王がいます。サウルは、王様になってから、すべての敵と戦い、彼らを打ち負かします。しかし次第に神様に命じられたことを守らず、自分の都合の良いように考えるようになります。そしてアマレクとの戦いでは、神様からアマレクの全てを滅ぼすように命じられたのに、自分にとって価値のあるものはとっておきました。そして預言者サムエルが来たとき、自分は神様の命令を守ったと嘘をつきました。この嘘はすぐにサムエルに見抜かれます。神様は「サウルを王に任じたことを悔いる」と言われました。
サウルが神の命令を守らなかったのは、神様のお名前を軽く考えていたからです。神様は、全知全能、万物の創造者。永遠に存在し、どこにでもおられる方。聖く正しく、真実で慈悲深く、愛であられる方。イスラエルを自分の民として選ばれた方。サウルはその神様のお名前と、神様から与えられた王と言う職務を軽く考えたのです。
私たちも、神様のお名前を軽く考えてしまうことはないでしょうか。神様のお名前を正しく用いることがいかに難しいか、第二戒は気づかせてくれます。
3 神をたたえたサマリア人 (ルカの福音書17章11節〜19節)
ツァラアトという重い皮膚病にかかった人が十人出てきます。この病気はイスラエルにとって特別な病気でした(レビ記13章と14章)。ツァラアトだとわかると、祭司はその人を「穢れている」と宣言し、隔離します。かつての我が国のライ患者の隔離と同じです。十人のうち一人はサマリア人でした。
彼らは、イエス様を見つけると遠く離れたところに立ち、声を張り上げて「イエス様、先生、私たちを憐れんでください。」と叫びます。彼らはイエス様が病人を癒やされたうわさも耳にしていたようです。その彼らに、イエス様は「祭司のところに行って、自分の体を見せなさい」と言われました。ツァラアトは治っていませんが、十人はイエス様のおことばを信じて祭司のところに向かいます。するとその途中で病気が治りました。
しかしこの時、そう遠くにはいないイエス様のところに戻って感謝したのは、サマリア人1人でした。9人は、祭司の宣言と自宅や社会に戻ることを優先したのでした。
私たちも、神様から救いや恵みをいただいて忘れてしまうことがあるのではないでしょうか。長い間祈っていて、不思議に問題が解決した。けれどその時、祈りに答えてくださった神様に感謝するのを忘れてしまう。第二戒はそのことに気づかせてくれます。
しかし、ここに救いの道があります。それがサマリア人です。彼は、自分が癒されたことを知って、神様を大声で賛美しながら、イエス様のところに引き返してきました。そして、イエス様の足元にひれ伏して感謝しました。
この人が真面目で、礼儀正しい人だったからイエス様のところに戻ったのではありません。自分を癒してくださった方に目を向けたからです。こんな自分を神様が見捨てず癒してくださったので、神様を賛美し、イエス様に感謝するために戻ったのです。イエス様は、彼に「あなたの信仰が、あなたを救ったのです。」と言われました。イエス様が救い主、神の御子であるという、その信仰が、あなたを罪から救ったと言うことです。
4 神の御名を心から唱え求める
この戒めは、私たちの心が、神様の御心から時々逸れていることに気づかせてくれます。このサマリア人のようにイエス様のところに行く時、私たちは不思議とこの戒めを守ることができます。
イエス様のもとに行くとき。それは、どんなに拙くとも心から神様と呼びかけ、イエス様のお名前でお祈りをするとき。悩みの日に神様を呼び求めるとき(詩篇50篇15節)。心から神様を讃美するとき。また、ルターの言うとおり、神様の御名を心から唱え、呼び求めることは、悪魔の誘惑や罠にかからないためにも大切です。
イエス様は、あなたの身代わりとなって、私の罪の罰を残らず受けてくださいました。そして、あなたを罪と死と悪魔の支配から解放してくださいました。クリスチャンはキリストにあって罪に定められることはありません。罪が示されたら、安心してイエス様のもとにいきましょう。イエス様は私たちの罪を赦し、祈りと讃美に答えて下さいます。
説教者:加藤 正伸 長老
<ルカの福音書 17章11〜19節>
11 そのころイエスはエルサレムに上られる途中、サマリヤとガリラヤの境を通られた。
12 ある村に入ると、十人のツァラアトに冒された人がイエスに出会った。彼らは遠く離れた所に立って、
13 声を張り上げて、「イエスさま、先生。どうぞあわれんでください」と言った。
14 イエスはこれを見て言われた。「行きなさい。そして自分を祭司に見せなさい。」彼らは行く途中できよめられた。
15 そのうちのひとりは、自分のいやされたことがわかると、大声で神をほめたたえながら引き返して来て、
16 イエスの足もとにひれ伏して感謝した。彼はサマリヤ人であった。
17 そこでイエスは言われた。「十人きよめられたのではないか。九人はどこにいるのか。
18 神をあがめるために戻って来た者は、この外国人のほかには、だれもいないのか。」
19 それからその人に言われた。「立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰が、あなたを直したのです。」