2021年5月2日


「罪人の歴史、約束の救い主の系図」
創世記10章1〜32節

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1.「はじめに」
 10章は、ノア以降の系図が書かれています。モーセはこの系図も主からの伝えるべき御思いと示され書き記しています。
「これはノアの息子、セム、ハム、ヤペテの歴史である。大洪水の後に、彼らに子どもが生まれた。」1節
 ノアの三人の息子の系図ですが、10章では、ヤペテ、ハム、そしてセムという順序でこの後書かれて行きますが、セムの系図については、11章11節以下でも書かれています。セムの系図が、これまでも繰り返し見てきて中心とも言える主題である、3章15節で、神が「エバの子孫の彼」と約束した救い主へ繋がる系図だからこそ、モーセは、11章でもセムからアブラハムまでのこととして書いています。この1節からは、セム、ハム、ヤペテには、洪水以前、また、箱舟に乗っている間もまだ子供が与えられていなかったこと、そして、洪水の後、三人に子供が与えられ生まれたことがわかります。最初に2節から5節までヤペテの子孫が書かれています。

2.「ヤペテとハムの家系」

A,「ヤペテの家系」
「これらから海沿いの国々が分かれ出て、その地方により、氏族ごとに、それぞれ国々の国語があった。」5節
 とあります。「海沿い」とありますが、その「海」と言うのが、現在の地中海のことを指しております。それに「沿って」というのは、その海の北側を指していまして、ヤペテの子孫は、その地中海北側沿岸や黒海沿岸やカスピ海の方にも広がって行った民族であると言われており、その広い地域で国々を築いて行ったのでした。この5節、また20節や31節にも、国々の国語のことが書かれておりますが、11章を見て行きますと有名なバベルの塔のことが書かれています。そこではバベルの塔の出来事までは人々の言語は一つであったことが書かれています。これは時間的矛盾ではなく、10章は系図でありますので、バベルの塔の前も後も含まれてのことが書かれています。バベルの後、文字通り国々の国語ができていったという意味になると言えるでしょう。

B,「ハムの家系とニムロデ」
 6節から20節までは、ハムの系図が書かれています。ハムの子孫は、南西のアジア、今の中東地域、とアフリカの北東地域に広がったと言われています。カナンという名前については9章でも出てきましたが、当初は、エジプトの海岸沿いの平野北東の地域に定住し、後に、ヨルダンの谷を含み、その川の西側の全地域を含む地域がカナンと呼ばれるようになります。このハムの子については、8節以下にはニムロデという人物のことが、詳しく書かれています。
「クシュはニムロデを生んだ。ニムロデは地上で最初の権力者となった。彼は主のおかげで、力ある猟師になったので、「主のおかげで、力ある猟師ニムロデのようだ」と言われるようになった。彼の王国の初めは、バベル、エレク、アカデであって、みな、シヌアルの地にあった。その地から彼は、アシュルに進出し、ニネベ、レホボテ・イル、ケラフ、およびニネベとケラフとの間のレセンを建てた。それは大きな町であった。」8?12節

C,「ニムロデ:地上で最初の権力者」
 ニムロデは、「地上で最初の権力者」とあります。それはおもに力のある戦士のことを意味しています。9節にも「力ある猟師」ともありますが、時代は、そのように狩りと戦さに長けたものが、家族やコミュニティーに食べ物のみならず、他と比べても、よりその繁栄をもたらす存在であり、罪人の社会ですから、そのような肉体的運動的な力を持つものが、いろいろな意味で影響力を持ち、周りの人々もそのような力ある者に従おうとしますから、権力が必然的にそのような人に集まるものです。ですから最初は狩猟中心の大きなコミュニティーのようなものだと思いますが、大きくなって行く社会やあるいは小さな国家のようなものを支配し治めたりするのは、ニムロデのような有能な戦士や猟師であり、ニムロデはそのように最初のリーダー、地上で最初の権力者となったのでした。とは言っても、それは「洪水後において」の「地上で最初」ということになるでしょう。なぜなら、すでに洪水以前に、カインの子孫によって町が作られ、そこに当然、政治的社会が生まれ、どういう形であれ政治的リーダーは既にいました。そしてその子孫のレメクは力と暴力で社会を支配するかのような記述もありましたので、ニムロデは洪水以後の地上で最初の権力者ということだと言えるのです。そして、注目したいのは9節です。

D,「ニムロデ:人々の評判と主の前」
「彼は主のおかげで、力ある猟師になったので、「主のおかげで、力ある猟師ニムロデのようだ」と言われるようになった。」9節
 なかなか難しい言葉ですが、まずここで「主のおかげで」とありますが、英語のESV聖書では、「before the Lord」とあり「主の前で」の意味です。そしてモーセが創世記を書く時のもっとも重要な情報源は「神ご自身」であったのですが、彼は当時の史実を伝えるために、残されていた人間による様々な資料も時折用いた可能性も示していますが、その例の一つがこの9節です。「言われるようになった」とありますが、それは「人々が」そのように言うようになっていたことを意味している言葉です。ですから9節は「主の評価」ではなく「人の評判」を伝えていて、ニムロデの目に見える行動や権力による支配、社会や国家の繁栄は、人の魅力となり、その評判は、当然、人々によって当時の世界に、広がって行きました。そしてこの後、多くの国家ができて行くのですから、多くの他の力ある人々によってニムロデの支配は真似されて言って、そのように数々の国家はできていくことになったことでしょう。ですからまず、「主の前で」は、人間の行動を裁く神の存在を示していて、そして国家の権威は、かつて9章で、神が「血の値」として、人間に人間を裁く権威が与えられている事実があるわけですから、「神の前にある、力ある猟師、地上の権力者であるニムロデ」と呼ばれた、と言う意味と考えられます。そう言う意味では、権力者ニムロデには地を治める狩りや戦いのための力と神の権威が与えられているので人々が「主のおかげで」と考えたとも言えます。しかし同時に、初期のラビやクリスチャンの解釈者は、よくこの後の、バベルの塔の建設をこのニムロデからくるものであるとしました。事実、10節に「彼の王国のはじめはバベル」とありますし、人々は、そのニムロデの力や繁栄などを見て、「主の前」で、つまり主と比べ、主に匹敵する様な「力ある猟師、権力者である」という意味で言ったとも考えられるでしょうし、同じように権力を握るものは、ニムロデに倣って、「主の前で、力ある猟師ニムロデのようだ」と言われるようになったことでしょう。それは「主の前に」人が力あるものになる、神のようになり、バベルの塔へつながっているとも考えられたのでしょう。

F,「権力者の現実とそのための祈りへの召命」
 何れにしてもニムロデ自身は、決して主によって支配や統治をしていたと言うことではなく、彼の支配は、むしろ神を無視したものであったとも言われています。政治の力、人を支配する権威は、確かに神から与えられてはいるのですが、しかしそれを用いるのも、広げるのも罪人であれば、それを力や繁栄だけで判断し、神のごとく持ち上げたり評判を広めるのも罪深い人であり、それを堕落させたり、壊したり、衰退させるのも、どこまでも罪深い人間であることは昔から現代に至るまで変わらない現実ではあります。このように人の社会では、まさしく「その思い計ることははじめから悪」であり、それでも権威は神から与えられても、人はそれを与えた神の心を忘れ、自分が神の様になり、権威は決して正しく完全には用いられては行かないのでした。まさしく歴史は、人間が罪人である証拠でもあります。事実、10節には「王国」と書かれていますが、当然、その様な侵略などの争いによる広がりが王国になって行くのが歴史の常でもあるでしょう。
 だからこそ、ここで教えられることがあるのです。もちろん主の命令として、権威には忠実に従いつつ、同時に、不正や間違っていることにきちんと間違っていると声をあげつつですが、何より、神の前にあるクリスチャンとしての私たちは、そのような国や権力のためにも、敵意ではなく、イエスが言われた通り、愛を持って、祈ること、祈るためにも召されているのだ、と言うことが教えられるのです。

3.「祈りだけでは、弱いのか?」
 ここでみなさん、祈りについてです。国家とか文化とか伝統とか、変えられない、変わらない、非常に大きい存在に比べて、「私たちの祈りには何の力があるのか」と考えるかもしれません。事実、祈りは重要なんだが、祈りだけではダメで、祈りに加えて行動が必要なんだと、抵抗、抗議、運動に重きをおく人々もいるでしょうし、多いことでしょう。しかし「祈りだけではダメだ、足りない」と言う発想に、同時に神の恵みや働きだけではダメで足りないとしてしまい、むしろ人間の感情や熱狂や、願望が加わった、人間的な動機が入り込んで、それらが優位に立ってしまいます。そうなると何がイエスの本当の御心であるのか見えなくなるものです。その様にしてルターの時代も、宗教改革は、宗教改革側でも、熱狂主義的な律法と強制力を用いて信徒を導くような教会改革や、農民戦争、過激なプロテストになって行きました。ルターはそれを望みませんでした。皆さん。クリスチャンが当たり前のように使ってしまいやすい、「恵みだけでは、祈りだけではダメだ。足りない」などと言って、人間の力を過信させようとする悪魔の誘惑に注意しましょう。イエス・キリストとそのみ言葉、その福音の力をどこまでも信じ、信頼し、より頼み、期待し、祈ること、待ち望むこと、そして与えられる福音から受けて喜んで隣人へ仕えおこなって行くこと、それこそがイエスの教えであり、信仰であり、祈りこそ力であることの本当の意味であることを、私たちは忘れてはいけません。そしてキリストにあって「祈り」はしなければいけない律法ではなく、どこまでもイエスが与えてくださった信仰の恵みの応答であり福音なのです。信じて祈りましょう。そして真の祈りは、熱狂や狂信や自分の願望への固執、隣人への裁きを生むのでは無く、むしろ信仰とみ言葉とそこに働く聖霊のゆえに、平安と冷静さと愛へと導き与えるものです。そのように信じ祈りつつ、福音を動機にし、促され、平安のうちに私たちは良い行いや隣人に仕えていきたいのです。

4.「セムの系図」
 さて、ハムの子孫は、19節にある通りに「シドンからゲラルに向かってガザに至り、ソドム、ゴモラ、アデマ、ツェボイムに向かってレシャにまで及んだ」とある通り、かなり広い地域に及んだことがわかります。そしてセムの子孫については、最後に書かれていますが、11章10節以下にも詳しく書かれています。それはアブラハムへと通じる系図であり、つまりセムは、神が堕落の時に約束した「彼女の子孫の彼」の救い主の約束に繋がる系図だからです。そのセムの系図の最後に結びとして、
「以上が、その国々にいる、ノアの子孫の諸氏族の家系である。大洪水の後にこれらから、諸国の民が地上に分かれ出たのであった。」32節

A,「セム、ハム、ヤペテから諸国の民が」
 と結ばれています。このことからも教えられるのは、いまの世界中の人々は、このノアの三人の息子のいずれかの子孫であると言うことであり、全ては三人の兄弟から始まっていると言うことがわかります。つまり日本人もそうであると言うことです。そしてそうであるなら、9章で神が与えてくださった一方的な契約は、日本人である私たちも含まれていると言うことなのです。感謝なことです。神の目にあって、東方のアジア人は含まれていないと言うことは決してない。神の目にも計画にも心にも日本人は必ずいて、私たち一人一人が必ずその目と心にあると言うことです。それは感謝なことではないでしょうか。

B,「セムの系図:約束の彼へ、ただ神の恵みのうちに」
 そして今日のもう一つの幸いはセムの系図にあるメッセージです。神が「人の思い計ることははじめから悪である」と言ったその通りに、三人の兄弟の子孫たちもまた罪人であり神のみ心から逸れて行くのです。11章のバベルの塔はまさにその通りです。しかしそれでも神は、堕落の重大な影響である悪魔と罪からの解放、救いの約束を決して忘れていません。放棄しません。神は、そのご自身が定めた時、その場所、その目的、その方法にしたがって、着々とその女の子孫を保ち続けている。そこにある罪人に信仰も保ち続けている。語りかけることも決して忘れないのです。彼らは神の恵みによって選ばれましたが、罪人であることは変わらない。その記録をこれから見て行くのですが、しかし神はそのような罪人の家系のうちに救いの計画を絶やすことなくすでに実行に移されているのです。それは人の側では誰もわかりません。人には約束のみがあり、信仰はそれを待ち望みました。しかしそれがいかに完全に計画され、その時と場所、方法と目的も、神が保ち、実行に移されてきているかは誰もわかりません。人は決してなし得ない、思いもしないことであるのですが、神はそれを実行している。その記録が、まさにこのセムの系図に、神が証ししていること、モーセが神の言葉から、この系図から、伝えたいメッセージの核心部分であると言えるでしょう。今や、私たちは、その実現を受けている者であることを感謝しましょう。今日もその「彼女の子孫の彼」であるイエス、その神の計画の通りに、飼い葉桶の上に生まれ、十字架にかかって死なれ、復活され、今も生きて働き、与えてくださるイエスが、私たちにいのちの言葉を語ってくださいます。「あなたの罪は赦されています。安心して行きなさい。」と。ぜひ罪の赦しを、救いを、平安を今日も受けましょう。そして安心し喜びを持って、ここから遣わされて行こうではありませんか。




<創世記 10章1〜32節>
1 これはノアの息子、セム、ハム、ヤペテの歴史である。大洪水の後に、彼らに子どもが生まれた。
2 ヤペテの子孫はゴメル、マゴグ、マダイ、ヤワン、トバル、メシェク、ティラス。
3 ゴメルの子孫はアシュケナズ、リファテ、トガルマ。
4 ヤワンの子孫はエリシャ、タルシシュ、キティム人、ドダニム人。
5 これらから海沿いの国々が分かれ出て、その地方により、氏族ごとに、それぞれ国々の国語があった。
6 ハムの子孫はクシュ、ミツライム、プテ、カナン。
7 クシュの子孫はセバ、ハビラ、サブタ、ラマ、サブテカ。ラマの子孫はシェバ、デダン。
8 クシュはニムロデを生んだ。ニムロデは地上で最初の権力者となった。
9 彼は主のおかげで、力ある猟師になったので、「主のおかげで、力ある猟師ニムロデのようだ」と言われるようになった。
10 彼の王国の初めは、バベル、エレク、アカデであって、みな、シヌアルの地にあった。
11 その地から彼は、アシュルに進出し、ニネベ、レホボテ・イル、ケラフ、
12 およびニネベとケラフとの間のレセンを建てた。それは大きな町であった。
13 ミツライムはルデ人、アナミム人、レハビム人、ナフトヒム人、
14 パテロス人、カスルヒム人−−これからペリシテ人が出た−−、カフトル人を生んだ。
15 カナンは長子シドン、ヘテ、
16 エブス人、エモリ人、ギルガシ人、
17 ヒビ人、アルキ人、シニ人、
18 アルワデ人、ツェマリ人、ハマテ人を生んだ。その後、カナン人の諸氏族が分かれ出た。
19 それでカナン人の領土は、シドンからゲラルに向かってガザに至り、ソドム、ゴモラ、アデマ、ツェボイムに向かってレシャにまで及んだ。
20 以上が、その氏族、その国語ごとに、その地方、その国により示したハムの子孫である。
21 セムにも子が生まれた。セムはエベルのすべての子孫の先祖であって、ヤペテの兄であった。
22 セムの子孫はエラム、アシュル、アルパクシャデ、ルデ、アラム。
23 アラムの子孫はウツ、フル、ゲテル、マシュ。
24 アルパクシャデはシェラフを生み、シェラフはエベルを生んだ。
25 エベルにはふたりの男の子が生まれ、ひとりの名はペレグであった。彼の時代に地が分けられたからである。もうひとりの兄弟の名はヨクタンであった。
26 ヨクタンは、アルモダデ、シェレフ、ハツァルマベテ、エラフ、
27 ハドラム、ウザル、ディクラ、
28 オバル、アビマエル、シェバ、
29 オフィル、ハビラ、ヨバブを生んだ。これらはみな、ヨクタンの子孫であった。
30 彼らの定住地は、メシャからセファルに及ぶ東の高原地帯であった。
31 以上は、それぞれ氏族、国語、地方、国ごとに示したセムの子孫である。
32 以上が、その国々にいる、ノアの子孫の諸氏族の家系である。大洪水の後にこれらから、諸国の民が地上に分かれ出たのであった。