2019年10月27日


「勧め、励まし、そしてパンを裂き」
使徒の働き 20章1〜12節

1.「これまで」
 パウロの伝える福音を最初は受け入れなかったエペソの人々でしたが、イエスの御霊がパウロを通して行った不思議なしるしによって、エペソの多くの人々は神への恐れを抱かされ、イエス・キリストを信じる信仰が与えられ福音を受け入れたのでした。しかしそれによってエペソの町で女神アルテミスの銀細工を作って販売し利益を得ていた人々は怒ってパウロ達を訴えます。それは暴動になりますがエペソの街の行政官が暴動を収めることによって教会は助けられたのでした。そのような福音への無理解と理不尽な訴えによって窮地にたったエペソの教会でありますが試練の後の教会には幸いがあります。

2.「試練のなかで」
「騒ぎが治まると、パウロは弟子たちを呼び集めて励まし、別れを告げて、マケドニヤへ向かって出発した。」1節
 騒ぎは治まりました。しかしその騒動では29節にあるように、「パウロの同行者であるマケドニヤ人ガイオとアリスタルコ」が捕らえられました。銀細工商人たちは大きな利益を得ていた経済的な有力者であったでしょうから教会にとっては脅威であったでしょう。それに31節以下にありましたように、騒動のあった劇場になだれ込んできた群衆は、なんで集まってきたかわからないような人々もおり、彼らは口々に言いたいことを言おうとしたわけですから、キリストの教会はパウロの行なった奇跡によって大勢人の人が信じたとはいえ、未だ多くの人々に理解されないばかりか、騒ぎに乗じては攻撃してくる人もいたことでしょう。助かったとはいえ、教会はこの出来事で非常に落ち込んだでしょうし、恐れや心配を感じても当然の状況ではないでしょうか。「これからもう二度とこんなことは起こらない」ではなく、また同じようなことが起こるのではという心配も当然あったことでしょう。このように教会は、決していつでも何も問題も試練もなく順境だとは決していえません。いやむしろイエスが「あなた方は世にあっては患難があります」と言われたとおり、教会はキリストにあればこそ、患難、試練、苦難の中を歩むものであることはイエスご自身が私たちに伝えていることです。しかしその連続の時どうでしょう。どう対処したらいいでしょうか。自らの意志を奮い立たせるのでしょうか。そこに必要なのは律法による促しなのでしょうか。何とあるでしょうか?パウロは弟子達を呼び集めて「励まし」とあります。それは2節にもあります。

3.「励ますとは?律法によってか?それとも福音においてか?」
「そしてその地方を通り多くの勧めをして兄弟たちを励ましてからギリシヤに来た。」2節
 やはりここにもあります。「励まして」と。「励ました」というのは、励ましが必要であったからです。アジヤ地方の教会はパウロが一回目の宣教で回った地域でしたが、アジヤのどの地域に行っても、強烈なユダヤ人たちの拒否、暴動に会いました。パウロは石打ちに会い死んだかと思われるほどまで打ちのめされました。そのような社会で少数で、無理解と拒絶にあい、アジヤの教会はどこも試練の教会であったでした。しかしパウロはその行くところ行くところでやはり「励まし」ているのです。けれども「励まし」と言っても色々あります。律法で発破をかけ、気負わせ、ますます重荷を負わせるような、律法の「励まし」もあるかもしれません。そのような「励まし」だったのでしょうか?英語ですと「encouragement」です。それは「勇気付ける」という意味です。「勇気付ける」ーそれは、気負わせ、重荷を負わせるのでは決して勇気付けることはできないでしょう。パウロの「励まし」は決して律法の「励まし」ではありません。2節には「多くの勧めをして兄弟たちを励まして」ともあります。そこには「勧め」があったこともわかります。それはそこに聖書の「みことば」の解き明かしがあったことを意味しています。つまりパウロはみことばを持って励ましたのでした。ではそれは律法の言葉があったのでしょうか?そうではありません。もちろん説教は律法と福音の言葉ではあります。しかし律法だけでは、確かに気負わせ、重荷を負わせる意味の「励ます」はできたとしても、「encourage」つまり決して「勇気付ける」ことはできません。律法は希望も平安も決して与えないからです。勇気を与え、希望と平安を与えるのは何でしょうか。何度も見てきた通りです。それはイエス・キリストの十字架の言葉、福音のみです。

4.「パウロはどのように励まされてきたのか」
 そして大事な点ですがそのパウロ自身本人がどのように励まされてきたでしょうか。それはまさしくイエスによって、しかもイエスの福音によってではなかったでしょうか。それはパウロの回心の原点からしてそうでした。彼は迫害の急先鋒でした。そんな私たちから見れば最もキリストから遠い、悪い、敵の存在であるパウロに声をかけ、裁きではなく召し出す恵みの声を持って福音に導いたのはほかでもないイエスご自身でした。しかも責める裁く律法の言葉ではなく、愛と憐れみと召しの福音の言葉であったでしょう。そしてそれでも周りがパウロを恐れる中で、絶えず希望と平安と勇気を与え続けて導いてきたのは、イエスの声であり福音でした。そして宣教を始め、アジヤで死にそうになったときも、2回目の宣教旅行でも、パウロが行きたいところへではなく、イエスが示すマケドニアへ導き、そしてそこでも予期せぬ迫害や牢獄があっても、全てのことに働いて益とし、看守の家族を救ったのもイエスであり、パウロはそのイエスの福音の真実こそを知らされ賛美しました。そして18章では、パウロが大きな失敗でまさに落ち込んで語れなくなったときに何があったでしょうか。
「ある夜、主は幻によってパウロに、「恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。わたしがあなたとともにいるのだ。だれもあなたを襲って、危害を加える者はない。この町には、わたしの民がたくさんいるから。」と言われた。」18章9節
 それはまさしくイエスからの励ましであり、それは「わたしがあなたとともにいる」。つまり、パウロが伝えてきた十字架にかかって死んでよみがえられたイエス・キリストこそがともにあり、その福音こそが彼に希望と平安を与え、恐れ語ることができなかった黙ることしかできなかったパウロを再び立たせたことを伝えていました。パウロはそのように、イエスの福音によって自分が励まされ立たされたのと同じように、その通りに、兄弟姉妹に語り伝え励ますでしょう。自分は福音によって立たされてきたのに、兄弟姉妹は律法で励ますなんてことはしないでしょう。それはむしろできません。パウロが勧めを持って励ましたのは、それは彼も経験し励まされた十字架の言葉によってこそ励ましたことを意味しているのです。このイエスの「励まし」はいつでも豊かにあります。それは重荷を負わせる律法によるものではなく、重荷から解放し、どんな困難にあっても恐れから解放し、希望と安心のうちに立たせてくださる「福音」による励ましです。それはパウロが兄弟姉妹たちに対してそうであったように、私たちが互いに励ましあうときも同じです。律法は励ましにはなりません。福音こそが私たちが互いに希望と平安のうちに告白し立たせられて行くものなのです。

5.「パンを裂くために」
 さて前に既に述べたように、聖霊によって、これからエルサレムに行き、ローマへと示されたパウロではあっても、その示された所にすぐに到着するのではなく、いつとかどんな時とか具体的に分かるのではなく、予期せぬ紆余曲折を通らされながらであるということを触れてきましたが3節にもそのことがわかります。やってきたギリシヤでも三ヶ月もの間過ごした後、エルサレムへ向かうためにシリアへ船出しようとした時に再びユダヤ人の陰謀によって船出できず、パウロは再びマケドニアを通って向かうことになります。そして「私たち」とあるようにルカ自身も合流しており、6節にあるようにピリピからアジヤ側トロアスへと船出してそのトロアスで4節にある仲間達と合流したのでした。しかしそのような予期せぬ道のりにもそこにある幸いを見ることができます。
「週の初めの日に、私たちはパンを裂くために集まった。そのときパウロは、翌日出発することにしていたので、人々と語り合い、夜中まで語り続けた。」7節
 まずこのところ、パウロはその翌日には出発することになっていました。つまりしばらくの別れになることも意味していますが、その前日になります。パウロとトロアスのキリスト者の集まり、教会はともに集まります。もちろん7節後半にあるように別れの前の交わりと語り合い励ますためでもありますが、しかし具体的に「何の為に集まった」とルカは書いているかというと「私達はパンを裂くために」とあるのがわかります。しかも「週の初めの日に」ともあります。「週の初めの日」はそれはイエスの復活の日の朝であり、ともに集まり福音の言葉によって礼拝をし聖餐に与る日でした。つまりこの日この別れは、まずその出発の日が最初に決まっていて、その前の日に別れと聖餐の時を持ち語り合おうというこということではないということです。その逆です。出発の日についてパウロたちは後に決めたということです。何の後かというと、最初にこの聖餐の時、礼拝の時があり、それをともに与ることを待って、そこから出発する時を決めていたということが見えてくるのです。このようにキリスト者の集まりである教会が、聖餐を中心に考え聖餐にともに与ることこそが、週の初めも、出発の時も、別れの時も、時がよくても悪くても、何より大事であったことがわかります。なぜなら聖餐と福音のみことばによる礼拝こそ力でありいのちであり、慰めであり励ましであり、平安であり希望であったからなのです。励ましはここにもあります。しかも何にも勝る励ましです。なぜなら、みことばと聖餐にはまさにキリストご自身がおられ、キリストがそのご自身のからだと血を与えてくださり、「あなたの罪は赦されています。安心して行きなさい」と、罪の赦しと新しいいのちの宣言を持って遣わしてくださるからです。それは信仰のないものやあるいは、しるしや知恵を求め、人のわざや律法に依存している人々には、十字架の福音は愚かで何の力のない弱々しい無駄なことのように思うものです。しかしイエス・キリストとその十字架への信仰がある者にとって、つまりイエス・キリストの十字架と復活を信じる信仰が与えられている者にとっては、それこそ他にはない、世は与えることができない、何にも勝る力であり、いのちであり、慰めであり平安であり、希望、励ましであると証できることではないでしょうか。人からではない、キリストご自身からの本当の励ましがこの日の朝に、このトロアスの小さな群れにはあったのです。そしてその夜中まで語り合っていた時には、不思議な出来事が起こります。屋上で語り合っていた時です。

6.「キリストはそこにおらるからこその確信」
「ユテコというひとりの青年が窓のところに腰を掛けていたが、ひどく眠けがさし、パウロの話が長く続くので、とうとう眠り込んでしまって、三階から下に落ちた。抱き起こしてみると、もう死んでいた。」9節
 パウロの話がとても長かったようです。夜中でもありましたので、窓のところに腰掛けていた青年ユテコは眠くなってしまい窓に座ったまま眠り込んでしまいました。そして窓のところから下に落ちてしまったのでした。突然の出来事で意図も予期もしていないことです。慌てて皆が下に降りて行きユテコを抱き起こしますが、ユテコは死んでいました。しかしです
「パウロは降りて来て、彼の上に身をかがめ、彼を抱きかかえて、「心配することはない。まだいのちがあります。」と言った。」10節
 パウロはこの状況でも「励まして」います。「心配することはない」と。死んでいる状況で「心配することはない」は気休めにもならないかもしれませんがパウロはその根拠を言います。「まだいのちがあります」と。周りが死んでいると認める状況にありながらパウロが「まだいのちがあります」と言えるのは、パウロは一体何を見てそういったのか書かれていませんが、パウロにはユテコにいのちがあることが見えたのでした。それは周りの人々が見間違ったのか、あるいはパウロが御霊の働きによって、つまりイエスがともにいるからこそイエスのなさる復活の働きを預言的に見てそう言ったのかはわかりませんが、パウロにはユテコにはまだいのちがあり生きて立ち上がることを見ていたからこそ「心配することはない」といえたことは明らかです。何より言えることはパウロは確信に満ちて「心配することはない」と言っていることです。なぜ確信があるのでしょうか。人のわざや推測では確信はないでしょう。しかも人の生死という人間最大の問題についてです。しかしこれだけの確信を持ってパウロが言えるのは、その確信がやはり彼自身から出たものではないことを物語っているでしょう。パウロはこの日の朝から兄弟姉妹たちとともに主の恵みの聖餐に与る出来事、そして夜中まで福音のみことばを語りづづける中で、その福音のみことば、キリストの恵みと真実さの確信にともに満たされていたがゆえに、このユテコにもキリストがともにおられることを決して疑わなかったのではないでしょうか。そしてやはり下に落ちたユテコに「まだいのちがある」ことを御霊の導きによって見たと思われるのです。キリストはそのように私達にもみことばを通していつでも豊かに働き、私達の思いをはるかに超えた、イエスが備えたもう全てのことに働く益を見せようとしておられる希望がここに教えられます。

7.「むすび」
 パウロは、そのように言い11節、「また上がって行き、パンを裂いて食べてから、明け方まで長く話し合って、それから出発した」のでした。再びパンを裂いて、ともに聖餐にあずかってから語り始めます。どこまでも人の目には愚かに見える十字架のキリスト、そのからだと血、イエスが定め、それによって与えると言われたパンとぶどうに、キリストの臨在を確信し、そのキリストにより頼んでいることがわかるのですか。
「人々は生き返った青年を家に連れて行き、ひとかたならず慰められた。」12節
 ユテコはパウロの言う通り、いのちがあり生き返ったのです。その復活の出来事にも、人々は慰められます。そこにキリストはおられたと。福音の言葉、イエスが定め与えてくださる聖餐には本当に、力といのち、慰めと励まし、慰めと希望が溢れていると。ぜひ私たちも今日は聖さんがありませんが今日も福音のみことばを受けました。今日もイエスは言われます。あなたの罪は赦されています。安心して行きなさいと。ぜひ安心して行きましょう。